京都生活 ー雨音に惚れてー

東京から京都に越して来て築90年?の家に住んでいます。見に来ていたときに降り出した突然の雨がトタンの部分に当たる音に惚れて決断した家です。おもしろいこと、すてきな場所、京都について感じたことについて綴ります。

宇治平等院

今頃になってクイーンにはまって「メイド・イン・ヘブン」など聞いていたら、なんだか平等院の雲中供養菩薩が見たくなって、宇治まで行ってきました。

みぞれや雨がパラつくあいにくのお天気でしたが、こんな日は空いているかな、と。

 

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今回はJR宇治駅から、商店街を抜けると、紫式部の像が見えてきました。

橋の向こう側に見える山並みに靄がかかっていました。

 

鳳凰堂の外壁の塗装や屋根の修復後に平等院を見るのは、初めてです。

前はどんなだったか記憶がなくなってしまいましたが、くっきりとした感じになった気がします。鳳凰もきれいな金色になりました。

鳳凰堂そのものの全体の姿も鳳凰が羽を広げたように見えます。

水に映る姿も美しいですね。

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ご存知のように、堂内には限られた人たちしか入れなかった代わりに、下々も外から阿弥陀如来のお顔が見えるようになっています。

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鳳凰堂の内部は撮影禁止です。

ご本尊の阿弥陀如来と雲中供養菩薩は鳳凰堂が藤原頼道によって建立された1053年に一緒に造立されたと考えられているそうです。大仏師定朝とその一門の作です。

 

供養菩薩は雲に乗って阿弥陀如来の両側、南側と北側にそれぞれ26体ずつ、楽器を奏でたり、手を合わせた姿で配置されています。今は木の色になっていますが、当時は彩色されていたそうです。この時代の浄土思想では、人がこの世の生を終えるとき、このような菩薩たちが雲に乗って迎えに来ると信じられていました。

昔学校で習ったのだと思うのですが、この鳳凰堂で美貌美声の僧侶に読経させて、貴族たちはこの世にいながらにして、極楽浄土にいる気分を味わったとか。

阿弥陀如来は金色なので金属のように見えるけれど、檜の寄木なのだそうです。

 

残念ながら、雲中供養菩薩は堂内が薄暗いので、輪郭ぐらいしかわかりませんでした。今は半分は本物、半分はレプリカで、本物は博物館に展示されています。

 

博物館では、ゆっくり雲中供養菩薩様たちを拝見できました。

平安時代の仏様は慈愛に満ちた表情をなさってます。

 

売店に行ってカタログを見て気づいたのですが、お目当の供養菩薩以外の展示、なんと半分ぐらい見落としてしまったようです。

まあ、次回ということに。藤の花も有名なので、その季節もいいと思います。ただ、もっとずっと混雑は覚悟しないといけませんが。

売店では、クリアファイルや絵葉書はもちろん、平等院のモチーフの救急絆創膏まであって、楽しいというか商魂たくましいというか。

 

鳳凰堂を横から見たところです。

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境内の、不動堂のある最勝院に、源頼政のお墓がありました。

当時としては相当高齢だった77歳で以仁王平氏打倒の令旨を作成して諸国の源氏と寺社に呼びかけ、多勢に無勢で平等院に立てこもって最後は自刃したということが、子供の頃に読んだ時から印象に残っていた方でした。

武勇の誉が高くて、鵺(ぬえ)を退治した伝説があるそうです。

 

追記(2月10日) 雲中供養菩薩の写真集を購入しました。

通販でも購入できます。

平等院ミュージアム鳳翔館 | 世界遺産平等院 京都宇治

 

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