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京都生活 ー雨音に惚れてー

東京から京都に越して来て築90年?の家に住んでいます。見に来ていたときに降り出した突然の雨がトタンの部分に当たる音に惚れて決断した家です。おもしろいこと、すてきな場所、京都について感じたことについて綴ります。

京のパワースポットのひとつと言われる 大将軍八神社

たまたま図書館の本で大将軍八神社の方徳殿が5月1日から5日まで公開になっていると知ったので、早速行ってみました。

 

5月の他に11月1日から5日にも公開されます。それ以外でも予約すれば拝観できるようです。

 

前にも書きましたように、現在の御所は烏丸通の方にありますが、平安時代には今の千本通(当時は朱雀通)にありました。

 

近くに行くと、こんなお店が。

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大将軍商店街は妖怪ストリートとしてイベントなどやっているのでした。

昔ながらの洋品店、大きな金魚が水槽にいる金魚や鯉のお店、コロッケ、お漬物、パンなどちょっと懐かしい商店街です。

kyoto-taisyogun.com

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大将軍八神社です。

 

本殿にお参りしてから方徳殿(宝物殿)に行きました。

 

1階には平安中期から鎌倉時代のご神像が安置されています。武装像50体、

束帯像29体、童子1体です。武装像は皆、眉間に八の字のシワを寄せ、眉を釣り上げ、目を大きく開いて睨んでいますが、束帯姿の文民?はそれぞれ実在のモデルがいるのではないかと思わせるような個性あるリアルな表情をしています。

 

宮司さんの説明によりますと、御所を守護する神社が四方に招請され、今に残るのは北西の角(陰陽道の天門)の、この大将軍とのことです。

御所を作るにあたり、北に船山、南には干拓で農地になった巨椋池と、山と水がある地が選ばれたそうです。

 

2階にはひっそりと平安時代のお不動様の木像があるのですが、神仏混淆だったからということです。第2次大戦頃の外来の神様がいけないとなった時代に、大将軍神及び八将軍神と、スサノオの命とその神子八神を習合して、「大将軍八神社」となったのだそうです。

 

元々の大将軍とは、陰陽道道教の信仰による方位を司る星神で、方徳殿には陰陽道関係の資料も展示されています。陰陽師の仕事というのは、本来は、暦を作ることだそうです。

地球儀のような天球儀も展示されていました。この大きさのものは日本に3つしかないそうで、その内の一つとのこと。球の中心から空を見上げて見える星が記されているけれど、日本から見えない星はそこにはないそうです。

 

大将軍八神社は、現在も建築・移動・婚姻・旅行・交通等の厄除けの神様として信仰を集めています。

私は、長期旅行の前に、友人がここのお守りをいただいてくれました。

 

 宮司さんによりますと、昔の御所の南東には大きな池があり、その一部は神泉苑に残り、一部は二条城のお堀に使われたそうです。