ポルトガルのお菓子 マミーニャシュ
えっ、「若い修道女の乳房」? と日本語訳を見て、ちょっとばかり驚いたのは私だけではないでしょう。マミーニャシュというお菓子です。
いやいや、背徳的なところなどみじんもなくて(たぶん)、どこまでもふわふわした、優しくて甘い、卵黄とお砂糖でできている純真無垢なお菓子という意味でつけられた名前だと思うのです。
小麦粉を使っていない、卵黄とお砂糖だけのパフに卵黄クリームをはさんだものだそうです。ポルトガルのお菓子は卵黄を好んで使うのが特徴のようです。
前に北野天満宮横のこのポルトガル菓子のお店に初めて行ったとき、どんなお菓子かなあ、とメニューを見て思い、近くの席の人もメニューを読み上げていたのですが、その時は、もうひとつの興味を引かれたお菓子、カスタードと生クリーム、それに鶏卵素麺をプラスしたシュークリームを選びました。ちなみに鶏卵素麺がポルトガルから伝わったと知ったのはその時でした。
後日、念願のマミーニャシュをお持ち帰りで買ってみました。
やわらかくて、幼い日にやさしさに包まれたときに感じた幸福感を思い出すお菓子でした。思い出すと、また食べたくなります。
栗のお菓子(第2弾) KASHIYAさん
おいしいモンブランを求めて検索していたときに、二条通の、川端通から西に行った北ところにある、KASHIYAさんというお店が出てきました。
もう10月末のことですが、さっそく行ってみました。
町家をリフォームした落ち着いたお店です。
店主は藤田怜美(さとみ)さんという、和菓子の老舗、亀屋吉長で修行をなさって、斬新なお菓子を創出されたかただそうです。
お店にはいったすぐの所には、ショーケースにお持ち帰り用のお菓子が置いてありました。
テーブル席ですが、懐かしいような、日本家屋です。
いちじくのほうじ茶煮というのにも、すごく惹かれたのですが、やはり栗のお菓子を選びました。
モンブランはなくて、栗きんとんでした。といっても、シェフのお菓子ですから、普通のとは違い(普通のも十分おいしいですが)、メレンゲにのっていてクリームその他がはいっていて、さらに上に栗がのっているという、凝ったものになっています。さすが元和菓子屋さんだけあって、仕上げが美しいです。
栗のアイスクリーム、栗のチップスなどと一緒にプレートに盛りつけてある様子も芸術品の風格です。
栗は国産、西日本のものとのことです。
お値段も飲み物別で1400円と芸術的…
芸術の秋を楽しみたいかたにおすすめです。
ちなみにトイレ(ご不浄というほうがしっくりきそう)は濡れ縁を通って行くようになっています。昔の町家はそういう造りが多いのでしょう。お風呂は自宅になくて銭湯でしょうか。
季節限定・丹波栗のモンブラン
ちょっと贈り物と思って大丸デパートのマールブランシュに行きました。うちからは本店の方が近いですが、他にも買い物があったので。
この季節になるとどうしてもモンブラン、輸入ペーストではなく、生栗から作るモンブランが気になるもので、ケーキのコーナーを横目で見ると、季節限定の2種類のモンブランがありました。
以前本店の喫茶に行った時はまだ季節が早くて丹波栗のモンブランは食べられなかったのですが、ショーケースにそれがあるではありませんか。
お値段はケーキとしてはかなり高級ですが、なにしろ丹波栗ですから。
といっても、私は違いがわかるほどの食通ではないのですが…
買って帰りました。
外側から、おなじみの細く絞り出した栗のペースト、薄いスポンジ、ホイップクリーム、スポンジ、栗きんとん(おせちのではなく中津川の)みたいなもの、スポンジ、と層になっていて、栗きんとんみたいな部分が特においしかったです。クリームが植物性っぽいのが残念かな。でもちょっと奮発して損したと思わない味でした。
モンブランは私にとって秋には欠かせない味覚です。
旧三井家下鴨別邸
祖先を祀った神社に参拝するときの休憩所としてこんな豪邸を造ったとは、三井家ってやはりすごいですね。しかも、三井家は京都を拠点としていたので、住まいは油小路にあったそうです。
10月1日から公開される、重要文化財・旧三井家下鴨別邸の内覧会に行きました。
下鴨神社の南、すぐ近くです。三井家の神社は顕名(あきな)霊社といって、そのあたりにあったそうです。
近所のかたとのんびり行くと、すでにけっこうたくさんのかたが来ていました。
靴を脱いで入ります。
入り口ではすでに特製マカロンやクリアファイルなどのお土産が展示してありました。
和風建築にカーペットを敷いて洋間として使う玄関棟でボランティアガイドさんに説明を受け、主屋へ。
主屋は明治13年建築の木屋町別邸を大正14年に移築したものだそうです。
廊下でつながっているお茶室もあります。
ひょうたん形の池のある庭が見渡せる2階、さらにその上に小さな部屋があり、急な階段をあがると望楼があって、そこからは五山送り火の大文字と法の字が見えます。
2階は有料で貸し出すそうです。大きなお座敷は庭の景色がいいですし、小さな洋間は落ち着いた雰囲気で会食や会議ができそうです。
というわけで、2階、3階は特別公開の時のみ一般に公開され、普段は1階のみの見学ということです。
やはり特別公開の時に行って望楼にあがってみるのがおすすめです。
庭に出て、池の反対側から家の全景を見て、写真など撮って、またのんびり帰りました。屋内は撮影禁止でした。屋内の廊下から庭を撮るのはOKでしたが、望楼からの撮影はNGです。周囲の家のプライバシー保護のためだそうで、街中のお寺の三門でも、そういう所があります。
2階からお庭を見下ろしたところです。百日紅が咲いていました。
下鴨神社 名月管弦祭
今日は中秋の名月。
下鴨神社の名月管弦祭のポスターを見かけたので、軽く夕食をとってから、行ってみました。
空にはうろこ雲のような雲があって、月は時々隠れたり、のぞいたり、煌煌と明るく照ったり。
肉眼で見ると、月はもっとくっきりしていたのですが、写真がへたでごめんなさい。
ちょうど美声の尼さんが琵琶を弾きながら語っていました(歌っていたというべきでしょうか?浄瑠璃だと「語る」と言いますが)。
なぜか月が青く写ってしまいました。よくわからない写真なので、雰囲気だけどうぞ。
屋根の上には名月。篝火が焚かれていて、風情がありました。
「木曾義仲」「兼平」という名前が聞こえたので、あとで検索すると、どうやら「木曽最後」という演目のようです。戦で、もはやこれまでと死んでゆく場面なので、悲しい雰囲気でした。
次はふたりの尺八奏者の演奏で、高雄山の紅葉を表現した曲。
次はお琴の演奏でした。
最後まで聞きたかったのですが、途中で失礼して帰宅しました。
みたらし団子、矢来餅、お酒、山田松香木店、老松(和菓子)などのお店が出ていました。管弦祭だからでしょうか、お店も上品でした。
廬山寺に桔梗を見に
桔梗は初夏から9月末まで咲いているということでしたので、まだ見られるかしらと廬山寺に行ってみました。(2016年9月7日)
廬山寺のある場所には、紫式部の曾祖父が建てた邸宅があり、紫式部もそこに生まれ育ち、結婚、出産、執筆もそこでしたのだそうです。
廬山寺は御所の横の寺町通にありますが、平安時代には御所はもっと西、千本通にありました。
門前に行ってみると、「桔梗咲いています」と書いた紙が貼ってありました。
門をくぐると、正面に大師堂があります。
元三(がんざん)大師良源は比叡山の高僧で実在の人ですが、平安時代より厄よけ大師として信仰を集めてきたそうです。
大師堂をお参りしてから、少し奥の受付で拝観券を購入し、御朱印をお願いしておいて、入ると、桔梗が咲く源氏庭に面した廊下に出ました。
源氏物語に登場する少女が喜びそうな、かわいらしいお庭で、紫の桔梗がまだまだ美しく咲いています。
庭には出られず、小さいデジカメで撮ったら、なんかだしょぼく写ってしまいましたが、実際にはもっと花が目立ってきれいでした。
ご本尊はこの庭を眺めるような位置に安置されていました。
平安時代の阿弥陀如来と両脇待座像は、優しげな、見る人を安心させる表情の仏様たちです。
左側の勢至菩薩はそこに展示してある写真で見ると後ろ側の衣が躍動的で魅力的なようですが、角度的に実際に見る事ができません。
ゆったり桔梗を眺めてから、御朱印を受け取り、きれいな桔梗をモチーフにした絵はがきがあったので、療養中の親戚の人に出そうと思って、一枚買いました。
御朱印には角大師のスタンプも押されていました。
角大師とは、最初にお参りした大師堂の元三大師が、疫病神を追い払うために鬼の姿になったとも、内裏に参内したときに女官に招き入れられた時に鬼のような姿になって邪念を払ったとも言われる姿を現したもので、厄よけの護符として、民家に貼られたものだそうです。
前に、近江商人の家を見学したときに、壁に貼ってあって、悪魔みたいだけどちょっと愛嬌がなくもないこの絵は何だろうと思った謎が解けました。
角大師は顔が元の字と重なってよくわかりませんが、しゃがんで左手を膝に置いています。
廬山寺公式サイトはこちらです。