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京都生活 ー雨音に惚れてー

東京から京都に越して来て築90年?の家に住んでいます。見に来ていたときに降り出した突然の雨がトタンの部分に当たる音に惚れて決断した家です。おもしろいこと、すてきな場所、京都について感じたことについて綴ります。

出町ふたばはやはり混んでいました

昨日、おはぎを買いたくて、出町のふたばさんに行きました。

(春はぼた餅、秋はおはぎと言うそうですが、うちでは季節に関係なくおはぎと呼んでいましたし、お店にも「おはぎ」と買いてありました)

 

朝一番でと思っていたのに、遅くなり、11時過ぎてしまったら、すでに行列ができていました。

みなさん豆餅(豆大福)に何かプラスして買っていました。

 

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お店の幅で行列が折り返していたのですが、5重にもなっていました。

40分ぐらいかかったでしょうか。そんなことではないかと電子書籍を持って行ったので、読みながら待ちました。

 

私は豆餅はつぶあんときな粉のおはぎ(こしあん入り)、それに加えて、ひな祭りに食べるのを忘れた桜餅にしました。

包装紙もいつものと違う桜色のでした。

 

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どれも美味しゅうございました。

 

もちろんいっぺんに食したりはしておりません。でも、賞味期限が写真にも写っている通り「本日中」でしたので…

甘いもの食べすぎです。

 

8時過ぎから電話を受けてくださるそうですので、予約しておけば並ばずに買えます。

でも、2個や3個ではなんだか気が引けますね。

 

 

京の金平糖

先週確定申告に行きました。申告する内容も金額もたいしてないのですが、これで合っているかな?と少し不安でした。申請窓口で「しっかり書けてます」と言っていただき、ホッとしました。

帰り道、自転車を走らせていると、甘い匂いが漂ってきました。緑寿庵清水さんで金平糖を作っている香りです。コーヒーを飲みながら一粒ふた粒つまむのにちょうどいいと思い立って、久しぶりに寄りました。

 

数年前に通った時は、行列ができていましたが、今回は外で待つ人が誰もいなかったので、飽きっぽい日本人のこと、もう落ち着いたのかなと思ったのですが…

小袋が全部売り切れでした。

以前は、イチゴやソーダは朝行かないと売り切れてしまっていたものの、午後でも何かしら残っていたのですが。争奪戦がますます熾烈になっていたのですね。

 

金平糖はお砂糖のかたまりぐらいに思っていたのですが、緑寿庵清水さんを知ってから、認識が変わりました。

 

カタログの最初のページには、「金平糖はレシピがなく、気温や天候によって蜜の濃度や窯の角度と温度、窯で転がる金平糖の音を危機状態を見極めて五感を使いながら体で覚えていく一子相伝の技で、砂糖の金平糖が作れるようになるのにもコテ入れ10年、蜜かけ10年、20年かかると言われています。さらに砂糖に素材を加えると結晶しないと言うお菓子作りの常識をくつがえし、一種類16日から20日間かけて可能にしました」と書いてあります。

 

生の果物を使って作った金平糖は砂糖に着色料だけのと違って、本当に美味しいんです。

フルーツ味の他に、ゴマや蕎麦と黒砂糖とか、季節限定で予約が必要なブランデー、梅酒、日本酒、シャトー・ヴァンブランなど、月ごとに旬の素材をテーマにしたもの、お節句や母の日用などいろいろあります。

茶道用のもあって、おふりだしという器に入っているのもあるのですが、前のカタログに載っていた人間国宝が作ったおふりだし入りのは、確か十数万円だったような。

 

そこまで高級ではないですが、日本酒のを私としては奮発して予約購入したことがあるのですが、友人たちに少量お味見用にあげたところ、至極気に入ったという人、酒粕みたいだとあまり評価しない人がいました。もう食べてしまいましたが、焼き物のとっくりと桐箱は残っています。

 

今回、季節限定でほんのりピンクの桜の金平糖と、淡い緑の緑衣黄がありました。ふと、父上の介護中の友人にあげようと思い、それならばと、華やかなピンクの方を選びました。一足早い桜です。

 

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このお店はガイドブックなどにも載っているようで、観光客も多く来店するようですが、京都の人も、日持ちがするからお使い物に良いと、利用しているそうです。

 

蛇足ですが、税務署の裏手にお蔵と庭園がありました。

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京都ならでは、でしょうか?

 

 

 

 

 

 

京都国際マンガミュージアムで再会

今日の新聞で、京都国際マンガミュージアムの館長に荒俣宏氏が就任のニュースを見ました。マンガミュージアムには、ちょうど昨日行って来たところです。

 

なぜ急にマンガミュージアムに行こうと思い立ったかというと、小学生の頃続きが読みたくてたまらなかった、わたなべまさこさんの「従姉妹マリア」が資料室にあることを、検索していて知ったからなのです。

「従姉妹マリア」は週刊マーガレットに連載されていたのですが、小学生の頃は、母が夏休みに旅行に行く時以外にはマンガを買ってくれなかったので、ところどころ級友に見せてもらったものの、毎週は借りられず、今でも時々あのストーリーはどうなったのだろうと思っていたのでした。

 

両親が離婚して母と暮らしていたマリアは母が亡くなってから父のお城(!)に引き取られるのですが、海の事故で死んだと思われるけれど遺体が見つかっていない母違いの従姉妹の存在がマリアを苦しめ、その従姉妹を溺愛していたずっと年上の従姉妹に意地悪をされたり、ついにはマリアの亡霊が現れたり、などというミステリアスなストーリーです。

 

その作品に半世紀ぶりにマンガミュージアムで再会したのでした。

まず、入り口の券売機でチケット(800円)を購入して中に入ります。

ミュージアムショップと各国語のマンガ、特に日本の漫画の各国語訳が置いてあるコーナーを通り抜け、ワクワクしながら3階の研究閲覧室に向かいました。

 

お目当の「従姉妹マリア」は普通の書架ではなく、研究閲覧室にあるのです。研究閲覧室を利用するときは、初回に登録が必要です。一応マンガを研究している人のための部屋ではありますが、郷愁から読みたい人にも解放されています。

用紙に記入が終わると、担当職員の方が写真を撮って、登録証を作ってくださいます。

 

いよいよ、本を出していただいて、読み始めますと、少女時代が蘇りました。と言いたいところですが、最初はちょっと色々ツッコミを入れたくなりました。

 

主人公はフサフサした金髪に、真っ黒な瞳の女の子。(そんな人っているのかしら。確か「パルムの僧院」にそんな珍しい取り合わせが父親が誰か物語っている、みたいなくだりがあったような気はするけれど。)

上品で美しい母と、有色人種と思しきばあやと丘の上の豪華な家に住んでいて、母子家庭とはいえ、私たちの世代の小学生ぐらいの女の子が憧れるようなドレスを纏っています。そしてなんと、別れた父親ウィンザー城に住んでいるんです。

今になるとちょっと気恥ずかしい設定ですが、こういうのが、半世紀前の日本の女の子たちの憧れだったのだわ。

だんだんと懐かしく少女の頃のワクワクが思い出されて、妹とよく真似をして描いていたことも目に浮かんで来ました。この箇所は読んだ、というところも記憶にありました。

 

わたなべまさこさんは、さすがにストーリーの展開などがうまくて、「レベッカ」みたいな心の葛藤や恐怖、謎めいた出来事が毎週少しずつ連載されていたのですから、次の号を待ちかねて発売日に書店へと走った少女たちがさぞかしたくさんいたことでしょう。

やっと念願が叶いました。

 

ミュージアムの建物は、元は龍池小学校という学校で、その面影を残しています。ヒールの靴で歩くと、木の床がドカドカと音がします。書架の前にあるベンチでは、結構たくさんの人が読みふけっています。靴を脱いで入る、遠目に絵本のように見える本が並んだコーナーでは、寝そべって読んでいる人も多くいました。季節がいい時には外の人工芝の上で読むこともできます。

 

喉が渇いてしまいましたが、飲み物は持ち込み禁止、併設のカフェで、ということです。こぼす人がいると困るのでしょうけど、ちょっと残念。

 

館内は撮影禁止でした。

 

公式サイトはこちら 京都国際マンガミュージアム

京都御所

播磨屋さんのおかきが食べたいなあと思っていたら、ダイレクトメールが来て、お徳用袋入りが今ある袋を使い切った時点で販売終了になると書いてあったので、自転車で買いに出かけました。

さらにお得な期間限定の袋入りのもありましたが、あるとつい食べ過ぎるので、控えめに?買ってお店を出ました。

 

播磨屋さんが面している烏丸通の向こう側は京都御所です。ここにも梅があるので、見ながら今出川通方面まで、中を通って行くことにしました。

御所と言っても、本当は、一部分が御所で、周りの公園は御苑というのが正式なのですが、皆さん全体を京都御所と呼んでいます。以前京都の人に「御苑」と言ったら、関東の言い方だと言われてしまいましたが、東京でも実は言いません。やはり「京都御所」でしょう。

梅は半分ぐらいの木が咲いていました。

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紫式部清少納言がいた頃の御所はここではなく、もっと西の方、昔は朱雀大路と呼ばれていた千本通の方にあったのですが、南北朝後にここに移り、豊臣秀吉が整備して、貴族たちの邸も周りに建てたのだそうです。明治維新で皇室が東京に移ると、貴族達も一緒に行ってしまい、屋敷は取り壊されて、有栖川邸だけが移築されて平安学院の所有になっています。

 

そんな場所柄でしょうか。大きな松がたくさんあります。

鳥がいました。

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塀で囲まれているのが御所です。以前は特別公開の時にしか見学できませんでしたが、今は予約不要で見学できるようになりました。時間等は下記のサイトを御覧ください。

京都観光Navi:京都御所

 

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自転車だとジャリジャリして乗りにくいので、なるべく他の自転車がつけた獣道ならぬ

自転車道を走ります。すると向こうから自転車が来たり、歩行者でもジャリジャリが嫌な人が歩いていたり。

 

御所の塀に沿って曲がると、大文字が向こうの方に見えます。写真ではよく見えませんが、山の三角に茶色くなったところに大の字があります。五山送り火を見るには、ここはちょっとした穴場だそうです。大しか見えませんが。

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御苑を出たところには梨木神社があるのですが、財政難からか鳥居の内側にマンションが建ってしまって、鳥居がマンションの入り口みたいになってしまって、どうなんでしょうね。神社の入り口は寺町通の方になっていますが。

 

 

 

京都府立植物園の梅

家を出たのが遅かったので、植物園全体ではなく、梅林だけ見てきました。

梅林といっても、北野天満宮に比べたら木の数がぐっと少ないのですが。

 

植物園に入ると、パンジーなど鮮やかな春色の花が咲いていましたが、全体的にはまだまだ冬枯れの薄茶色がかった風景です。

でも、梅は咲いていました。

 

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メタセコイアや針葉樹などの木立を抜けると向こうに梅林が見えてきました。

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近づいてみると、開花しているのは半分弱、まだ蕾ばかりの木もありました。

周りが深い緑の木々なので、里山にいるような印象です。

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写真の上手な方から見ると、お見苦しいかと思いますが、なんとか雰囲気だけでもお伝えしたいので、載せています。

 

蝋梅が青空に映えていました。

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竹林もきれいでした。

 

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竹林の背後に展示されていた冬牡丹を見て帰りました。

 

東京や横浜に住んでいた頃は、この季節、鎌倉の瑞泉寺に行って梅や水仙を見て帰りに鶴岡八幡宮で冬牡丹を見るのが私の年中行事だったこと、懐かしく思い出しました。

瑞泉寺はビルのようなものが視野に全く入らないので、「里の春」という感じを楽しめるのです。ただ、梅が満開という時期を当てるのが難しかったです。

両親や横浜の親戚も墓参の帰りに利用していた、鎌倉駅近くの小町通りの喫茶店「門」も閉店したそうで、寂しい限りです。

 

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梅と天神市

25日の土曜日に北野天満宮に行きました。

毎月恒例の天神市もやっているし、梅の花も見頃です。

25日は梅花祭もあり、午前中は儀式があって、午後からは、近くの上七軒の芸妓さんと舞妓さんがお茶を立てて運んでくれるお茶会がありますが、こちらは別料金です。

数年前にお茶をいただきましたが、近くの席の方達が、こんなにたくさんの芸妓さんたちが勢揃いしているところなど、なかなか私たちには見る機会がないと話されていました。

 

家を出て、自転車で、鞍馬口通りをずっと西に向かいました。

京都もだんだんと古い家が取り壊されて国籍不明のデザインの家が建ったり、マンションが建ったりして、いかにも京都らしいという景色が少なくなってしまったように思いますが、西陣あたりには、まだ古い家並みが残っているところがありますので、ゆっくり京都観光される際には、そのあたりを散歩されるのも良いのではないでしょうか。

途中、ゲストハウスに改装中のところも見かけました。

こちらは元銭湯のカフェです。

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12時開店で、まだ営業していませんでしたが、フランス人?カップルが写真を撮っていました。数年前に、2度ぐらい入ったことがありますが、タイルなど銭湯だった時のものを生かしてあって、なかなか面白いです。メニューは結構ボリュームがあったと記憶しています。

上七軒を通り抜けると、古着やアンティークの露店が出ていて、その向こうに北野天満宮の西側の入り口があります。

境内に入ると、左側に長五郎餅のお店が。

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紅梅が綺麗に咲いていました。

手水舎にも天神さまにつきものの牛がいました。井戸水が渇水している時には他の手水舎を使ってくださいという内容の張り紙がありました。ここの水は井戸水なのですね。

風がまだまだ冷たい日でしたが、ここの水は温かかったです。

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手水舎の横に、1本の木に紅白の花が咲いている木がありました。当然みなさんカメラを構えていました。ちなみに、日本では梅など、1本の木に紅白の花が咲くのは源平咲きというようですが、薔薇はヨークとランカスターというようです。

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梅花祭と市と合格祈願が重なって、本殿の前は混み合っていました。

お参りして、梅園の方に行きましたが、あまりに長蛇の列なので、またの機会にしました。北野天満宮が、京都でも梅の本数は随一のようです。

梅園の外にも梅の木がそこここにあって、綺麗でした。

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境内には小さな神社がいくつもありました。

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露店でお目当のものを購入して、おまけなどもしていただき、天神さまのご利益だわ、と心楽しくまた西陣の街を通って帰りました。

 

レトロな小学校がありました。

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仁丹の広告のある古い住所表示板がある家も。

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宇治平等院

今頃になってクイーンにはまって「メイド・イン・ヘブン」など聞いていたら、なんだか平等院の雲中供養菩薩が見たくなって、宇治まで行ってきました。

みぞれや雨がパラつくあいにくのお天気でしたが、こんな日は空いているかな、と。

 

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今回はJR宇治駅から、商店街を抜けると、紫式部の像が見えてきました。

橋の向こう側に見える山並みに靄がかかっていました。

 

鳳凰堂の外壁の塗装や屋根の修復後に平等院を見るのは、初めてです。

前はどんなだったか記憶がなくなってしまいましたが、くっきりとした感じになった気がします。鳳凰もきれいな金色になりました。

鳳凰堂そのものの全体の姿も鳳凰が羽を広げたように見えます。

水に映る姿も美しいですね。

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ご存知のように、堂内には限られた人たちしか入れなかった代わりに、下々も外から阿弥陀如来のお顔が見えるようになっています。

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鳳凰堂の内部は撮影禁止です。

ご本尊の阿弥陀如来と雲中供養菩薩は鳳凰堂が藤原頼道によって建立された1053年に一緒に造立されたと考えられているそうです。大仏師定朝とその一門の作です。

 

供養菩薩は雲に乗って阿弥陀如来の両側、南側と北側にそれぞれ26体ずつ、楽器を奏でたり、手を合わせた姿で配置されています。今は木の色になっていますが、当時は彩色されていたそうです。この時代の浄土思想では、人がこの世の生を終えるとき、このような菩薩たちが雲に乗って迎えに来ると信じられていました。

昔学校で習ったのだと思うのですが、この鳳凰堂で美貌美声の僧侶に読経させて、貴族たちはこの世にいながらにして、極楽浄土にいる気分を味わったとか。

阿弥陀如来は金色なので金属のように見えるけれど、檜の寄木なのだそうです。

 

残念ながら、雲中供養菩薩は堂内が薄暗いので、輪郭ぐらいしかわかりませんでした。今は半分は本物、半分はレプリカで、本物は博物館に展示されています。

 

博物館では、ゆっくり雲中供養菩薩様たちを拝見できました。

平安時代の仏様は慈愛に満ちた表情をなさってます。

 

売店に行ってカタログを見て気づいたのですが、お目当の供養菩薩以外の展示、なんと半分ぐらい見落としてしまったようです。

まあ、次回ということに。藤の花も有名なので、その季節もいいと思います。ただ、もっとずっと混雑は覚悟しないといけませんが。

売店では、クリアファイルや絵葉書はもちろん、平等院のモチーフの救急絆創膏まであって、楽しいというか商魂たくましいというか。

 

鳳凰堂を横から見たところです。

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境内の、不動堂のある最勝院に、源頼政のお墓がありました。

当時としては相当高齢だった77歳で以仁王平氏打倒の令旨を作成して諸国の源氏と寺社に呼びかけ、多勢に無勢で平等院に立てこもって最後は自刃したということが、子供の頃に読んだ時から印象に残っていた方でした。

武勇の誉が高くて、鵺(ぬえ)を退治した伝説があるそうです。

 

追記(2月10日) 雲中供養菩薩の写真集を購入しました。

通販でも購入できます。

平等院ミュージアム鳳翔館 | 世界遺産平等院 京都宇治

 

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